今回お話を伺うのは、2016年に完全テレワークを導入し、2018年には先進的な働き方をしている企業に贈られる「時差Biz推進賞」を受賞したソフトウエア開発企業、シックス・アパート株式会社。必要があるとき以外出社不要で、社員ひとりひとりに合った働き方をすることで生活の質が上がるといいます。SAWS(サウス。Six Apart Working Style=シックス・アパートらしい働き方)と名付けた自社の働き方改革を発信し世に広める活動にも注力されています。
INDEX
震災がきっかけで始まったテレワーク
さっそくですが、御社の業務から教えてください。
当社はもともと2001年にアメリカで創業したソフトウエア開発企業Six Apartの日本法人として2003年に設立されました。創業以来ずっとCMSプラットフォーム「 Movable Type 」ならびに関連製品・サービスを開発しています。
2016年の初夏にEBO(Employee Buy-Out=従業員による企業買収)によって独立し、今年で設立15周年を迎えます。
オフィスはありますが、必要な時だけ来れば良いため、毎日出社している人は数名です。
出社不要という先進的な働き方がスタートしたきっかけは何だったのでしょう。
米国の会社の子会社だったので創業当初から必要なときにテレワークを選ぶことは可能でした。ですが、必要な時以外は出社しなくて良いという思い切ったテレワークに舵を切ったきっかけは、2つあります。
まず1つめは、東日本大震災があった2011年の夏でした。
政府から企業に対し努力目標として15%の節電要請があり、これを「週一回オフィスを閉めて、20%節電」と考えて、全社員毎週水曜を自宅作業の日にしたのがスタートでした。これを機にリモートで働くためのVPNなどセキュリティ面の整備やオンラインコミュニケーションツールの利用が進みました。
そして2つめ、最初にお話した2016年6月末のEBOを機に働き方を一新して毎日出社するのではなく、必要な時だけ出社するワークスタイルとなりました。独立後に移転したオフィスは以前に比べて1/3の面積しかありませんし、契約社員含め約50名の従業員がいますが、座席は総務チームの2名の席とフリーアドレスの10席だけです。
テレワークが基本のワークスタイル 最初は予想外の壁も
どこで働いてもいい、ということですが場所の制限はありますか。
自宅でもコワーキングオフィスでもカフェでも、どこでも構いません。旅行の合間に働く「ワーケーション」をする人もいますし、実家に帰省中のスキマ時間で働く人もいます。「どこで働いてもいい。必要な時以外は会社に来なくていい」がルールです。もちろんオフィスで働いても良いので、ほぼ毎日出社する人もいます。
みなさん働く場所はやはり自宅が多いですか。
自宅が一番多いですが、自宅近くのコワーキングスペースやカフェなども選択肢の一つになっているようです。子どもが学校から帰ってきたらそれぞれ宿題と仕事を持ってカフェに行く人もいますし、一人暮らしや自宅に書斎のような個室がある人も気分転換のために自宅以外のサードプレイスをそれぞれ開拓しているようです。
テレワークが週一日から毎日になって、社員の反応はどうでしたか。
元々外資系でインターネット関連の会社なので、当時のアメリカ本社と時差の関係やメンテナンス対応のために夜間などイレギュラーな時間帯に働く事もあって、働く時間や場所の調整は割と自由でした。メール一本で「今日在宅します」とか「半日休みます」というのも普通だったので、どちらかというと、みんなの働き方が先にあってそれをルールにしてみた、という感じでしょうか。だから拒否反応はほぼなかったです。
独立から移転までの1ヶ月ちょっとの間に、社員から「働き方に名前をつけよう、シックス・アパートらしいワーキングスタイルの頭文字をとって、SAWSはどう?」「コワーキングスペースで集まってみよう」などの案が出て形ができていきました。
もともと柔軟な働き方に免疫ができていたので、スムーズに導入が進み、浸透したわけですね。
それでも、2016年のSAWSを始めた当初には予想外のこともありました。出社不要になったのに、保育園に子供を預けている社員が毎日出社してきていたのです。朝、保育園に預けた後に家に戻る姿を見られることに気を使っていたようです。他の社員も平日日中に地元にいることで近所の人に不思議に思われないかと、周りの人の目を気にしていることが多少ありました。新しい働き方について直接説明したり、働き方改革で在宅勤務の認知が世間でも進んだので、最近はこういうことは無くなりました。
ただ、働く場所がバラバラだと、「個人の仕事の進み具合が分からない」など不安感や不都合は出てきませんか。
私たちの会社はエンジニアが6割ほどいますが、彼らはSlack(ビジネスチャット)やGithub(ソースコード管理ツール)を使って、各チームで業務内容や進捗状況を共有しています。エンジニア以外のセールスやマーケティング職についても、定例ミーティングやチケットシステムでプロジェクト管理しているので、各々の仕事が透明化されています。
なるほど。Slackやチケットシステムを日々の業務で普通に使っているので、おのずと他の人が何をやっているか、どういう状態かプロセスが透明化できているんですね。では評価についてはどうでしょう。
評価ではやはり最終的な成果物を重視しています。
エンジニアや営業職は成果が見えやすいですが、人事総務系の職種だと評価が難しいのでは。
この社員達の柔軟な働き方を支えてくれているのがオフィスアドミニストレーター(人事総務職)の2名なんです。というのも、オフィスにはこの2名が電話や荷物の受け取りなどのために、月火木金の週四日オフィスに出社してもらっています。ですから、一連の業務がきちんと回っているかどうかが彼らの評価指標になると考えています。
満員電車なんかで社員を消耗させてるヒマはない
それにしても満員電車や通勤のストレスがないのは大きいですよね。
そうですね。「1~2時間かけてたどり着いて、やっと仕事だ」ではないのでストレスが減る上に、早い時間から仕事に取り掛かれます。元外資系なので以前は、業務開始も終了も遅めでしたが、今では逆になりました。
「朝から雨で憂鬱だな」とか「月曜の朝が嫌だ」みたいな日々のプチストレスもなくなったので、精神衛生上も良いです。
たしかに朝会社に着いた時点ですでにちょっと疲れている経験、自分にもあります。
職場での「お疲れ様禁止令」という話を聞いたことがありますが、本来ならばお疲れ様「じゃない」状態から仕事をスタートできるのが望ましいのではないでしょうか。
私たちは少人数で多くの仕事をこなしているため、通勤で毎日往復2~3時間も時間と労力を使っていられません。長時間通勤なんて無駄な時間を使う余裕はない、とやってみて感じました。
テレワーク中心のワークスタイルになって、東京から関東近郊に移住した人もいます。
仕事だけでなくプライベートにも良い影響が出そうですね。
40代の社員も多いのですが、この年代は働き盛りである上に家庭の中で育児や介護などの役割も大きくなってくる年代です。要求される事があまりに多いですよね。生活全体の生産性を上げて精神的な余裕を持たないと、とてもできない。
だから働き方を自分で作れる→生活にも時間を割けるようになる→精神的な余裕が生まれる、という流れが必要だと思います。
毎月15,000円のテレワーク手当を支給
テレワークをすると仕事場がわりのカフェ代や通信費など細々とお金が掛かるものですが、費用は社員負担ですか。
定期代を支給しなくなったかわりに全社員一律毎月15,000円のテレワーク手当を支給しています。いちいちカフェ代や自宅の通信費を経費申請するのは非生産的なので「15,000円の中でやりくりしてね」というルールです。使い道は個人に委ねていて、仕事環境を良くするために通信機器やビジネスチェアを買うのもOKです。
定期代の支給はなくなりましたが、オフィスに来た日数分の交通費は会社が負担しますし、チームミーティングで外部の会議室を借りた場合には別途精算します。経費精算の支払いも手数料がいらないAmazonギフト券を選べるようにするなど工夫もしています。
働く場所に決まりはないとのことですが、時間についてはどうですか。
エンジニアは裁量労働のため、事前申請が必要な夜10時以降~朝5時の深夜勤務以外の時間で、基本的には自由に働いてもらっています。
柔軟な働き方を導入しようすると、会社側はルールを増やしがちですが、当社ではルールを足すのではなく引いていくのが基本の考え方です。ですからルールを変えた所といえば、就業規則の「出社/退社」の表記を「勤務開始/終了」に書き換えただけです。
課題といえば、勤務システムが中抜けに対応していないので、対応可能なシステムに入れ替える予定です。
新入社員が入るとOJTのような研修があると思いますが、どんな対応をしていますか。
新入社員が入った時は、OJTのためにチームリーダーと一緒に1ヶ月オフィスに通ってもらいました。でも、出社する人がほとんどいないので、オフィスにいながらテレワークチームのメンバーとして働くことになるわけです。さらに、みんな月に1度は出社するので、1ヶ月もいれば従業員のほぼ全員と顔を合わせてあいさつもできます。
当初の予定では単に業務のOJTだけを想定していましたが、一石三鳥くらいメリットがあったので、その後も入社する人にはこのやり方を続けています。
会えない分コミュニケーションは密に
テレワークによる上司と部下のコミュニケーションロスを補完するために1on1ミーティングをする企業が増えています。
当社でも年に一回は役員クラスやCTO(Chief Technology Officer 最高技術責任者)が評価やフィードバックはやっていますが、それでは足りないので、日々Slackを使ってこまめに色々な人とやり取りしています。DM(ダイレクトメッセージの略 直接メッセージを送ること)でのやりとりも多いですね。
すぐに答えを求める、というよりはタイムラグがあっても気にならないスピード感なので、「(相手が)いま忙しいかな?」と考える必要がなく気になったことを気軽に投げられるし相談もしやすい。だから非連続的に仕事ができるんです。
会社の規模感を抜きに考えても、全社員がCEOとやり取りできる会社もなかなかないですよね。
ちょっとした相談事から雑談まで縦横無尽にチャットが飛び交ってますね。
チャットでのコミュニケーションがメインになると、いつでも届くから一日中仕事モードになってしまいそうですが、ON/OFFの切り替えはできますか。
社員がみんなガジェットやオンラインツールの類が好きな人たちなので、通知が来る/来ないの設定も自分の仕事や生活スタイルに合わせてカスタマイズしていますね。
働き方改革を支援するITツールを社員みんなが使いこなせているのもポイントのような気がします。
ビジネス用だからかもしれませんが、Slackには既読/未読がないのも弊社の業務スタイルにハマったポイントかなと思います。
さっきのON/OFFの話でいくと、きっちり分けたい人もそうでない人もいて、「きっちり分けなくていい事がむしろメリット」と感じている社員も多いので、ずっとONでもいられるしOFFにもできるし、そこはチームや業務に支障がない範囲で個人の裁量にまかせています。
Slack以外でよく使うツールはありますか。
画面共有をよくやるのでZoom(Web会議)をかなり早い段階から使っています。音声も良いし、その場にいるみんなが操作できる使い勝手の良さもありますから。参加人数制限がないので、毎月の社員総会を、真夏の暑すぎる日にはZoomでやったこともありました。テキストチャット、音声会議ともにオンラインの場でのやり取りの場で気を付けているのは、ローコンテクストなコミュニケーションです。
ローコンテクストなコミュニケーション、とは?
お互いの暗黙の了解やその場の空気ではなく、言葉できちんと伝えるようにするコミュニケーションのことです。日本は暗黙の了解や前後の文脈を重視するハイコンテクスト文化ですが、業務でそれが常態化してしまうと後から来た人はついていけません。だから面倒くさがらずに説明しよう、と。欧米などローコンテクスト文化圏の人と話すと「そこから説明するの?!」と思う事もありますが、社内でも意識的に言語化するようにしています。
ローコンテクスト文化が浸透している会社なら、新入社員や中途採用の方もなじみやすそうですね。
社歴が長い社員も増えてきたので、ややもするとハイコンテクストになるおそれもありますが、複数人でのテキスト上でのやり取りがメインになると、どうしても前提の説明から必要になってきます。
それにこれから労働人口が減り、地方在住や外国の人をテレワークで採用することが出てくると思います。その時にハイコンテクストなコミュニケーションは成立しないし、仕事が回りません。そういう意味で、ローコンテクストなコミュニケーションに着目してあえてやっている部分はあります。
「みなまで言うな」ではなく「みなまで説明する」のは、非効率ではなく逆にのちのち効率が上がることだと考えています。
分散して働くことにフォーカスされがちですが、社員同士の帰属意識を高めるような取り組みはありますか。
それは気にしているところですね。リテラシーともうひとつ、オーナーシップとかモチベーションをどう維持するかが課題になる所です。社員が株主ですから、月一の社員総会は株主総会でもあります。毎月、月次の決算や業績を説明しますが、それは社員みなの活動の結果です。これは、帰属意識の話でいうと、弊社独自の点だな、と思います。
BCPも、テレワークが広まる切り口に
働き方改革でネックになる課題について幾つか質問させてください。女性の活躍推進に関連して、育児休暇などの制度もありますか。
育児休暇は一年半取れるようになっていて、ほとんどの方は復職してますね。女性比率も高いし、もともと産休からの復職率は高かったです。在宅勤務がベースですから、男性もPTA活動とか学校行事、地域活動に参加しやすいメリットがありますね。
では、副業への取り組みはどうですか。
文章を書いたりデザインや撮影をしたり多才な人が多いので副業をしている社員はいます。社員に対してはどちらが本業で副業なのかという認識は明確にしてもらっています。
最後に、今後の課題や展望について教えてください。
当社は長年、ブログやwebサイト構築システムなどの情報発信を支える製品を開発・販売してきました。根幹に「情報発信」があるため、自社の働き方改革も積極的に発信して伝えたいと思っています。柔軟な働き方の恩恵は、企業の業績向上にとどまらず、地方活性化や個人のQOL(Quality of life ‐ 生活の質)向上など良い事がたくさんあると実感しているからです。
最近は働き方についてのメディア取材が増え、それを見たテレワーク検討中の企業から相談を受ける事も増えたのですが、いざ導入しようとすると「うちでは無理だ」と頓挫するケースが多かったんですよね。でも、BCP(災害など緊急事態時のビジネス継続性)を切り口にすると受け入れてくれやすいと発見し、その切り口でも自社でも取り組みを進め発信できればと考えています。もちろん天災が起こらないのが一番ですが。
たしかに2018年は台風や震災など災害が多かったですね。
「台風や大雪で電車が止まったとして、社員が駅で3時間待ちぼうけする会社もあれば、自宅でテレワークして仕事を進められる会社もありますよ」というふうに、実例をサンプルにすると取り組みやすいし、経営陣の説得もしやすいようです。今も大きな会社と協業してテレワークの導入を進めていますが、他社さんでも導入が進むよう、当社の取り組みを積極的に発信し世に広めていくことができればと思っています。
今回協力して下さった企業様
シックス・アパート株式会社
- 設立
- 2003年12月
- 本社所在地
- 東京都千代田区神田神保町3-17-15 ヨシダFGビル
- 事業内容
- インターネット上のウェブサイト構築・管理のための技術の開発と、関連する製品・サービスやコンサルテーションの提供
- 従業員数
- 30名(2017年12月現在)
- Webサイト
- https://www.sixapart.jp/