公園の緑も程近い、足立区綾瀬の住宅街の中でオフィスを構える「株式会社横引シャッター」。社名の通り横に引く特殊シャッターの専門メーカーである同社は、東京都が取り組む「がん患者の治療と仕事の両立への優良な取組を行う企業表彰」の中小企業部門で優良賞を受賞したり、足立区の「ワークライフバランス推進認定企業」に選定されたりと、“働き方”という文脈で、現在、多くの注目を集めています。
今回は、その取り組みの詳細について、代表取締役である市川慎次郎様にお話を伺いました。
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部署を隔てる無意味な壁はいらない
近年、オフィス環境を改めたと伺ったのですが、まずは、そのことについてお話いただけますか?
はい。以前は、部署ごとに部屋が分かれていたのですが、私が社長になって、2013年から2014年にかけて、壁を全て取り払いワンフロア化しました。製造業と言うと、事務所の隅っこにはダンボールが雑然と積み上げられていて、色のイメージはアイボリーやグレー。そして、何となく埃っぽい…。そんな印象を持たれがちだと思うのですが、いやいや、そうじゃないぞ、と。
壁を取り払われたというのは、やはり、コミュニケーションの活性化なども期待してのことだったのでしょうか?
壁があると、部署ごとに仕事への意識が分断されちゃうんですよね。営業部のミスも、製作のミスも、工事のミスも、お客様にとっては同じこと。横引シャッターという会社全体としてのミスなんです。なので、オフィスでも部署を隔てる無意味な壁はいらないよね、と考えました。
「自分の部署だけうまく回っていれば、あとは関係ない」と、勤め人はそういった意識に陥りがちです。でも、組織全体で物事がうまく回っていかなければ、会社は立ち行かなくなります。そして、会社が立ち行かなくなれば、社員一人ひとりにも悪い影響が及ぶんです。簡単な理屈ですよね。だから、会社として全体感をもって、部署をまたいで情報やコミュニケーションを巡らせていった方が良いんです。
社長を追い出しても、業務を回していける会社を目指して
オフィス外観のシャッターに書かれている文字も、すごく印象的ですね。
あれは、「会社の目標」、つまり、当社の中長期計画を記したものですね。
中でも、社長戦力外通告というのが気になります(笑)。
「社長戦力外通告PJ(プロジェクト)」ですね。あれは、全社員で社長を追い出せっていう意味です。
中小企業というと、社長が全てを握っていると思われがちですが、それはリスク以外の何物でもありません。社長しか分からない、社長にしかできない─。そんなことばかりで会社が成り立っていたら、いざ私が何かの理由で出社できなくなった際、途端に会社が回らなくなってしまうんですから。34名の社員が在籍し(2018年1月現在)、ご家族含め100名以上の命を預かっている当社です。社長たった一人のせいで、その100名の人生を狂わせるわけにはいきません。
なるほど、おっしゃる通りですね。
会社の給料の中で一番高いのは、社長の報酬です。なので、社員だけで通常業務を回せたら、社長には報酬を渡さなくても良いじゃないか、と。一方、社長は社長で、自分の家族を養って生活していくためには、会社から報酬をもらわなければなりません。だから、「社長は社外に飛び出して、この会社で一番高い報酬を稼いでこよう」と目標を立てたんです。
社内では社員みんなで「大きなマイナス1(社長の報酬の削減分)」をつくって、社外では社長が「大きなプラス1(新たな仕事)」をつくる。“社長を社外に追い出す”というひとつの行動で、1+1=「2」という価値が生み出されます。
「社長戦力外通告」というインパクトの強い言葉の裏には、そのような考えがあるんですね。「山賊から武士へ」などもそうですが、人の心をくすぐる言葉のセンスを感じます。
「山賊から武士へ」が、当社の最大のテーマです。「腕があるけど品がない山賊から、腕もあり人も憧れるような武士になろう」という意味を込めています。
先代の頃から、当たり前にやっていたこと
オフィスのワンフロア化や意欲的なプロジェクトの立ち上げは、やはり、働き方改革の一環として取り組まれたことなのでしょうか?
いえ。働き方改革という文脈でやっているわけでは、決してありません。こういった働き方に関する取り組みは、昔からやっていることです。そもそも、私は、世間で叫ばれている「働き方改革」には懐疑的なんです。
残業時間に上限をつけたり、大型連休を推奨したり、「休むことはいいことだ」というのが世の中的な風潮になっていますが、本当にそうでしょうか? それは裏を返せば、「働くことはいやなことだ」「仕事はつらいものだから、出来るだけ減らした方がいいんだ」という考え方でしょう。でも、これはあまりに一方的なものの見方だと思います。かつての日本人は、仕事を通して成長していき、自分の夢を実現させることで周りの人も幸せにしていく、ということに重きを置いて、ずっと歩んできたんです。
なるほど、そうですね。
AIやIoTを利用して効率化を図り、働く時間を減らしていこうということですが、AIもIoTも万能ではありませんし、十分に機能するシステムを導入するには、どれだけ初期投資がかかるのか。世の中のほとんど、9割以上が中小企業・零細企業なんです。
人手不足はWワークで補えばいいじゃないか、というのにも無理があるように感じています。1つしかない体で、1日は24時間。「本業でお金を稼いで、副業でやりたいことをやる」というようなことも言われていますが、本来、本業には「お金」だけでなく「自分の夢」も乗っかっていくものだと思うんです。それを、「お金=本業」、「夢=副業」と、無理やり分けて考えているのには違和感があります。
確かに、そうかもしれませんね。
それでも、働き方改革で提唱されていることについて、当社でも様々に取り組んではいます。つまり、同一労働同一賃金もそうですが、高齢者雇用、障害者雇用、外国人(外国人技能実習生)雇用、シングルマザーなど、いわゆるダイバーシティへの施策などですね。でも、繰り返しますが、それらは決して特別なことではなく、昔からやっていたことなんです。
先代からやっていたのですが、あまり周知されることもなかったので、近年、制度としてもっと整えていって、見える化していこうと動き出したところです。「先代の証明」というテーマを掲げ、先代の歩んできた道が間違いではなかったのだと、証明していきたいと思っています。
“定年”で待遇を変えない─、それが横引シャッターの「高齢者雇用」
ダイバーシティのお話が出ましたが、次は高齢者雇用について伺えますか?
高齢者雇用こそ、昔から多くの中小企業が実施していると思いますよ。当社の場合は、90歳の社員が現役で頑張ってくれています。
90歳で現役! それはすごいですね。
定年迎えたら給料を下げるということに、私は合理性を見出せません。59歳と60歳で、あるいは、64歳と65歳で、一体何が変わりますか? 何も変わらないんですよね。私はかつて総務部長をやっていたのですが、「能力が衰えていない人に対して、一つ歳を重ねたからといってお給料を下げるのはおかしい」と、その当時から思っていました。
確かにそうですね。
世間一般での“定年”に近づいた社員さんが、「社長、私、今月で65になるんですよね」なんて言ってきても、私は「それは、おめでとう。若いね〜。これからも、もっと若手のみんなに仕事を教えてあげてね」と、それだけです。そこで待遇を変えるなんてことはしません。定年を境に20〜30%給与をカットする世の中で、働く環境も待遇も一切変わらないで働ける。そうすると、その社員さんは、喜んで若手に教えますよね。教えるから、技術の継承もスムーズにいくんです。
当社の「高齢者雇用」というのは、高齢者を新規で雇うというのではなく、在職していた社員が、そのまま高齢になっただけのことなんです。外部の高齢者を新たに雇用するとなったら、もっと厳しい目で見ます。既存の社員が高齢になった際の「高齢者雇用」には、デメリットはあまりないんですね。一方、ご高齢の方を新規で雇うには、デメリットが大きい。
新たに仕事を覚えてもらうのが若い人よりも難しい、ということでしょうか?
それもありますが、要するに、ご高齢の方々の多くは、自分の働く寿命を決めているんです。「あと何年で自分は年金をもらえる」とか、「あと何年でセカンドライフに入ろう」とかね。自分たちで、自分たちの限界値を決めてしまっているんですね。そこに中小企業が投資できるのか、ということです。
社員同士が自発的に支え合う、「お互いさま精神」
女性の働き方については、何か工夫はされていますか?
今、“男女平等”と表向きには言われていますが、まだまだ、実が伴っていない印象ですよね。家庭のことをやる比重は、どうしても女性の方が多い。ですので、例えば「子どもが急に熱を出した」などの理由で遅刻・早退しなければならないという時に、女性社員が会社に休みを申請しにくいという雰囲気は、できるだけ取り除いてあげたいと思っています。
当社の場合、LINEとかで送られてきますからね(笑)。「社長、すみません。子どもが熱出して病院に連れていかなきゃいけないので遅れます」みたいに。こちらも、それに対して「了解」ってスタンプ押すだけです。これは、「お互いさま精神」を共有しているからできることなんですね。
お互いさま精神、ですか。
社員が1人休んだら会社が回らなくなるというのであれば、それは、その社員の問題ではなく、会社側の問題です。何か困ったことがあったら、お互いにフォローし合えるような体制や関係性を、普段から作っておく。そして、仲間が重たいものを持っていたら、「一緒に持とうか」と手を差し伸べる。それは、会社がそうしろと命ずることではなく、あくまでも社員同士、自発的に行うべきことだと思うんです。
こういったことは昔から社員に伝え続けてきたことなので、今ではしっかりと「風土」として根付いています。
男性の社員が休む際も、お互いさまで?
もちろんです。男性社員だって家族の用事は大事ですよね。だから、例えば、子どもの学校行事などがあって休みたい時には、「うしろめたさを感じずに、遠慮なく休むように」と伝えています。でも、卒業式や入学式…、重なるんですよね(笑)。当社は30名くらいしかいないのに、ある年は卒業式で6人重なったんです。1日のことだから頑張ろうって励まし合って何とかやり切ったのですが、また2週間後には入学式(笑)。
でも、そんな時こそ「お互いさま精神」です(笑)。
ルールではなく、モラルによる多様性
ちなみに、制度やルールはどうなさっているんですか?
ルールはあまり厳しく定めません。その代わり、モラルは厳しく問います。「お互いさまだよね」とモラルで動かしていることは、ルール化できないんです。ルール化して、“当然の権利”のように思われてしまうのは違う。仮にルール化するならば、そこには“権利の範囲”が明確に規定されていなくてはなりません。万人に都合の良いルールというものは、この世に存在しません。だから、モラルが必要なんです。そして、これは、大手企業にはできないことなのでは、と思っています。社員数が多くて、一人ひとりの適用ルールや権利範囲のカスタマイズなんて、とてもできませんよね。
確かにそうですね。
中小企業だと、社員全体のことがしっかり見られるんです。社員のご家庭状況なども、雑談の中で把握できます。これは、社長が人事に直接的な責任を持てる、中小企業ならではの強みだと思います。つまり、社員一人ひとり、カスタマイズができる。例えば、月に7回しか出勤してこない人、週3出勤の人、子どもがいて16時に退社する人。それぞれの働き方を認めています。
これが「多様性」なんじゃないかと思います。世間では、「少数派を認知してあげること」や「マイノリティの意見を聞いてあげること」が多様化だと思われているようですが、私は、それには違和感を覚えます。多様化の目的は、「少数派の主張を容認すること」ではなくて、「様々な意見を持つ人たちが共存していくこと」だと思います。だから、お互いに心地よさを保てる“ちょうど良いところ”を、会社と社員が一緒になって探していく、そのモラルある姿勢こそが大事だと思うのです。
社長と社員の距離が近い中小企業なら、きっとできる
こういったことは、中小企業の社長さんたちなら、当たり前のようにできることなんです。ただ、やると決めるかどうか。当社も特別なことをやっているわけではないんです。誰にでもできることを、着実にやり続けること。難しいことではなく、単純に「どうしたら楽しく働ける?」というのを考えていくことが、私たちの働き方改革だと思うんですよね。そのためには社員の顔をよく見なきゃいけません。ちなみに、当社には社長室はありません。
え!? そうなんですか?
このオフィスは私の代で作ったものなのですが、社長室はあえて設置しませんでした。いつでも社員が、社長に相談・雑談ができる環境を作りたかったんです。それでも、社長と社員の距離というのは、放っておけば、どんどん大きくなっていってしまうもの。だから、社長がどれだけ社員に寄り添ってあげられるか、というのが重要なのかなと思っています。
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今回協力して下さった企業様
株式会社横引シャッター
- 設立
- 1986年
- 本社所在地
- 東京都足立区綾瀬
- 事業内容
- ガレージシャッターや特殊シャッターなど、各種シャッターの製造・販売
- 従業員数
- 34名(グループ全体・2018年1月現在)
- Webサイト
- https://www.yokobiki-shutter.co.jp/