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リクルートの働き方改革事例(後編)

データと人間心理に向き合いながら、次世代のオフィスを構想

投稿日:2019-03-15  最終更新日:2019-03-15  取材日:2019-01-10

  • 会社規模

    40,000人

  • 業種

    サービス業

  • 対象職種

    全社員

前編では、リクルートの定量的・科学的なオフィス変革へのアプローチの姿勢について詳しくお伝えしてきましたが、この後編では、生産性や人間心理の把握など、定量化が難しい話題について、さらに深掘りしていきたいと思います。

定量的・科学的な検証から、次世代のオフィスを構想する

オフィスの話に戻りますが、オフィスの非活用面積が30%以上であることが顕在化していった中で、具体的に、どのようにしてその30%分を活用していかれたんですか?

フロアのマルチスペース化を進めていきました。その際に問題となったのが、大面積を占有している机の存在です。机があるから、フリーアドレスにしたところでフレキシブルに使える床面積が増えないんです。だったら、机に流動性を持たせればいいだろうということで、机と椅子を一体化させた「Node(ノード)」というミーティングチェアを導入しました。

スペースに大きな流動性を付与した「Node」。

マルチスペース化はセミナールームでも進めました。セミナーをしていないときはスペースをパーティションで区切ってブース化し、小規模会議スペースや個人執務スペースとして利用していきます。これは、多様な目的に使える「和室」から着想を得ました

あ、なるほど。

和室というのは、マルチスペースなんですね。食事スペースにもなれば寝室にもなる。レセプションだって開けます。この使い方を採用したら、セミナールーム(100坪)の稼働率が、以前は60%だったところ、13%も向上し、73%にまで改善しました。13%の稼働率というのは、賃料で換算したらかなりの高額になるはずですよね。

確かに、すごいインパクトですね。

浮いたリソースの投資先を考える上では、アイウエアブランドの「JINS」さんが開設した、飯田橋の「Think Lab(シンク・ラボ)」が非常に参考になりました。シンク・ラボは、“集中できる環境”を追及して開発された会員制ワークスペースで、徹底的なデータアプローチによって設計されています。

それは具体的に、どのようなデータアプローチだったのでしょうか?

様々な人にメガネ型ウェアラブルデバイスを着用してもらい、朝・昼・晩と様々な時間帯、喫茶店・電車内・事務所など様々な場所での作業中の集中度を計測していったとのことです。また、集中に関する知見においては予防医学研究者の石川善樹さんが監修し、「日本の神社仏閣は集中力を高める構造になっている」と説いているんですね。

神社仏閣?

神社仏閣には、まず「鳥居」があり、「参道(暗い道)」、「手水(開けた場所)」を経て、「拝礼」、「本殿」へと至るという、ルーティン的な構造があります。その構造をオフィスに転用すれば、参道を模した廊下を通った先にある、伽藍(がらん)のようなオープンスペースで集中力を高めて仕事をすることができる、と言うのです。

それは興味深いですね。

当社ではこれを見習って、「コンセントレーションルーム」を作り、ジンズさんとのコラボレーションプロジェクトとして推進していく予定でいます。

その流れで、削減できた30%分の再投資先を、今のところ、
(1)コミュニケーション(交流)
(2)コンセントレーション(集中)
(3)チャージング(エネルギーチャージ、リラックス=休息)

の3点で想定しています。

40階のスペースを作り変えたところで、本当に効果があったかどうかわからないので、稼働率と効果を改めて定量的・科学的に把握して、最終的に何に投資すべきか、プライオリティを決めていきたいと思っています。

先ほど、ジンズさんがメガネ型ウェアラブルデバイスで人の集中度を測定していたと伺いましたが、コミュニケーションの活発度や、チャージングによるリラックス度なども測定できたりするんですか?

メガネ型デバイスからは、コミュニケーションやチャージングに関するバイタルデータは取りにくいですね。ですが、ジンズさんが協力しているオフィスグリーンサービスを行う会社が、リラックスについての生体データを取得するノウハウを持っており、現在、リラックス度などを数値化できないか相談しているところです。少なくともICセンサーで稼働状況を追いつつ、まずは定性調査でも良いので利用者のニーズを把握していきたいと思っています。

生産性の変化をどうやって測定していくか

次は「生産性」という曖昧な概念について伺いますが、御社における「生産性向上」とは、一体どのようなものでしょうか?

「生産性」を、「付加価値業務の中で業績やパフォーマンスが上がったかどうか」と定義したとして、その定量化が難しいんですよね。営業やエンジニアの業績は把握しやすいので問題はないのですが。例えば、「訪問件数が増えて受注額が増えた」とか「サイトパフォーマンスが上がった」等、数値や認識できるかたちでのフィードバックがありますから。

なるほど。

問題は、企画職(スタッフ)の生産性の変化をどのように測定するか、です。資料のページ数が減らせれば効率化できたと言えるけどそこで生まれた時間をどのように付加価値のある取り組みに使えたか?チャットツールの導入で意思決定のスピードが早くなったことも効率化だけどその後の付加価値とは何か?付加価値は測定できるのかできないのか?
に頭を悩ませていますね。これからの課題です。

ただ、チャットツールの登場やクラウド上の共同編集機能によって、仕事のスピードが格段に上がったことは、強く実感しています。オンラインツールで上司とこまめにコミュニケーションが取れるようになりリアルな会議時間も相当減っている。現在、株式会社リクルートの経営戦略会議は、1ヶ月に1回の開催にもかかわらず、2時間程度で済んでいます

え! それはすごいですね。進歩する技術に、ちゃんと足並みを揃えていかれているというのは、本当にすごいことだと思います。

エレベーターとトイレの「混み」を緩和

「技術の進歩」というワードが出たので、最近、実現したソリューション事例についてお話しますと、エレベーターとトイレの混雑を解消させる方法が見えてきました
当社のエレベーターは9:30〜10:00がピーク時で、ものすごく混みます。そこで、課題として挙がってくるのが、1機あたりの「往復時間の短縮」「1輸送人数向上」「混雑時間の利用者削減」の3点です。

「往復時間の短縮」については、エレベーターのアルゴリズムを各階停止とスキップ停止に分けるかを検討しましたが、プログラムを組み直すにも数百万円かかります。

「輸送人数向上」についても考えたのですが、みんな最後に乗り込んで積載人数オーバーのビーというアラートが鳴らされるのを極端に嫌うんですよね。ですので、エレベーターの床に立ち位置を示すグリッドをつけて乗り込める最大人数を示唆しても、その人数まで乗ってくれない、と。

悩ましいですね…。

そこで、エレベーターにスタッフを配置して、満員になるまで誘導するという、“人力”を利用することにしました。プログラムの書き換えは数百万円かかり退去時の原状回復にもコストがかかります。一方、専門スタッフの採用にかかるコストは月数万円。当然、後者を採用し、結果、待ち時間を3割削減することに成功しました。現在は、利用者により快く詰めてもらえるよう、誘導のトークを工夫することを考えています。

いや〜、見事ですね。

トイレの方ですが、こちらも、昼食後の時間帯など、ピーク時があります。生理現象なので難しい面もありますが、個室で、用を足すこと以外のことで時間を費やしている人が非常に多いということが問題でした。

なるほど、そうですね。

最近は、個室内でのスマホ利用者が多いんです。スマホを利用しないように電波を遮断することも考えましたが、防災対策上これはできない。そこで、個室から早く出てもらうためには、外に待っている人がいることを知らせるのが、もっともわかりやすいと思い至りました。

シンプルですね。

そこで、フィジビリティ(※)として、800円のピンポンブザーを置いて、並んだ時に押してもらうことにしました。これ、確かに押すときには抵抗感があるんですよね。もう切羽詰まっていますとアピールするようなものなので。

フィジビリティスタディ(feasibility study)とは:略記は「F/S」。プロジェクトや新たな試みの実現可能性を事前に検討・調査すること。「実行可能性調査」「投資調査」。

あはは、たしかに。

でも、ブザーがあるだけで、「使用中に人が並んだらブザーが鳴らされる」と意識付けされるので、「余計なことをしていないで、鳴らされる前に早く出よう」と使用中の人が思い至る効果があり、これは驚きなのですが、アンケートを取った結果、6~7割の人が「トイレの待ち時間問題」が改善されたと回答していました

それはすごい効果ですね。

待ち時間の体感も、4割減少しました。ここまで劇的な効果が得られたので、今後、全フロアに展開してみようと思うのですが、やはり押す際の負担感はなくしたい。そこで、人感センサーを設置して、ブザーを鳴らすことなく個室内に「○人待機中」と表示するシステムをどう安価に導入するか、現在、検討しているという状況です。

人間心理を洞察しながら、小さく・早く・数多く

ソリューションの要(かなめ)は、“人間心理をどこまで洞察できるか”ということに尽きます。そして、その洞察を深めていくためにも、“小さく・早く・数多く、実験し続けること”が重要になってきます。巨額な投資をして最新のテクノロジーを導入するより、たとえ完璧な成果を獲得できずとも、仮説検証のために小さいモックでできることを真面目に考えていくことの方が、ブレークスルーの鍵になるものと思います

先ほどのエレベーターやトイレの事例などが、まさにそうですよね。

はい。このことを発見できたことが、一番大きかったです。そして、こういった“小さなソリューション”が効くオフィスのファシリティというのは、本当に山ほどあるのかもしれません

確かに、そうかもしれません。

例えば、フリーアドレススペースに荷物や上着を置いて、長時間の離席時にも席を確保している人がいるのですが、そんなことがないように、所持品の片付けストレスを減らすための「貸出用の荷物袋」を配ったらどうか? そんな袋は100円ショップに行けばいくらでも売っているので、20人規模で実験してみる、なんていうのも良いかもしれません。

なるほど。それなら、気軽にすぐ手がつけられますね。

「〜すべき論」で始めるのではなく、人間の行動心理をうまく活用しながら、小さな仕掛けを組み合わせていくことで、自然と目指すべき方向へ誘導していく。オフィス変革や働き方改革を進めるにあたっては、その方が理に適っていると感じています。「1つの施策と1つの成果」ではなくて、いくつかの要素を組み合わせて、突飛な試みでも踏み出してみる方が、私はイノベーティブだと思いますね

本当に、そうですね。

今気になっているのは、休憩するためのクッションコーナーの使い方です。指定は特にしていないのですが、土禁派と非土禁派が半々の割合で分かれていまして。これを総務から「土禁(あるいは非土禁)がルールです」と強制せずに、どう使ってもらうのが最もこのスペースの趣旨に合うのかを、静観しながら考えているところです。土禁・非土禁を明言せずとも、もしかしたら、スリッパを置いておくだけで解決するかもしれませんし。

あ、なるほど。スリッパがあれば、靴は脱ぐものなんだなって自然と思いますもんね。

はい。でも、そもそも、このスペースは本当に土禁の方が良いのか、という問題がありますよね。わざわざ靴を脱がなきゃいけないとなると、利用するのが面倒臭くなる、とか。あるいは、靴を脱いだ方がくつろげるのかな、とか。

そうですね…。

あと、ずずっと深く沈むビーズクッションが床に直置きしてあるんですが、起き上がるときに結構難儀するんです。腹筋がつらい(笑)。

あはは! わかります。

なので、もうちょっと高さをつけてあげた方がいいのかな、などとも考えています。

じっくり時間とコストをかけるよりも、まずクイックにトライアルしながら改良を重ねる取り組みが最近重視されています。御社の働き方姿勢はまさにそれだなと思いました。

確かめる価値があることは何か。そして、必要最小限のことを最短・最安で確かめるにはどういう方法があるのか。ポイントは、その2つを発見しようという姿勢です。そういった姿勢があれば、自ずと深圳のようなスタイルになっていくんじゃないかなと思います。

「オフィス投資」と「業績」の関係性を、定量的に把握できる環境を

それでは最後に、今後の課題について教えていただけますか。

今後の課題として、オフィスの利用状況を常時計測できる状態をインフラ化したいのですが、高コストがハードルです。また、人間は行動把握されるのに生理的な嫌悪感を示すものですので、データを収集するならば、代わりに、従業員に対して、自分たちの位置情報や行動が把握される抵抗感を払拭するような、相応なベネフィットが感じられるサービスを提供しなければなりません

なるほど。

例えば、エレベーターに人感センサーを設置して人数を計測して待ち時間を表示したり、データを蓄積して渋滞予報を流したりする、とか。そうすれば、従業員側では「混雑を避けられる」というベネフィットが得られるので、データ提供への抵抗感も少なくなってきます。一方で経営側としても、データの蓄積が進んでいけば、どこにいくら投資するとどれだけのリターンがあるかの判断材料が豊富になっていくので、今後の施策に投資価値があるかどうかを客観的に判断することができるようになるわけです

従業員側と経営側の双方でベネフィットを受け取れる、ということですね。

はい。私見ですが、今後のオフィスは、このようにデータの提供・集積がスムーズに行われる場でありたいと思っています。オフィスがコストと捉えられがちな日本では、将来的に景気が悪化した際には、オフィスの予算は真っ先に大幅削減される可能性があり、それは当社も例外ではありません。

そうなる前に、オフィスの何に投資をすれば業績に対してどれだけのリターンがあるかを予測できる仕組みを作りたい。そのための第一歩が「可視化」なんです。オフィス投資と業績との関係性それらをできるだけ定量的に把握できる状況を、何年かかるかわかりませんが、作っていきたいんです

現在はエンゲージメントサーベイ(従業員の満足度調査)による予測システムの構築に挑戦していますeNPS(※)を取って「オフィスの使いやすさ」「上長との関係」「働き方に関する満足度」等をスコアリングしていき、大きな時間軸で見たときに、総体的に以前よりもスコアが上がっているような状況にしていければと思っています

やはり、第一歩として、「可視化が大切」ということなんですね。

印象論では語らない方がいいですね。とはいえ、すべての数字を取ろうなどとは考えずに、しんどくならない程度に。部分的に定量化を試みていくだけでも、十分意義があることだと思います

eNPSとは:「Employee Net Promoter Score」の略。従業員エンゲージメント(職場に対する愛着や信頼感)を数値化する指標。eNPSが高ければ、離職率は低くなり、社員の生産性も上がるという傾向が示されている。

この事例と同じシリーズの事例

今回協力して下さった企業様

株式会社リクルートホールディングス

設立
1963 年
本社所在地
東京都千代田区丸の内(登記上本社:東京都中央区銀座)
事業内容
メディア&ソリューション事業
従業員数
609名(2018年3月31日現在) グループ従業員数 40,152名(2018年3月31日現在)
Webサイト
https://www.recruit.co.jp/

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