受付に足を踏み入れると、皇居の豊かな緑が目の前に飛び込んでくる。ここは2018年1月に本社移転した三菱地所のオフィス。今回は、移転前から先行して始まった働き方改革と新オフィスについて、人事部給与・厚生・働き方改革推進ユニット主事 根神剛様と広報部 乃村真衣様にお話を伺いました。
INDEX
働き方改革の目的は、経営計画を達成するため
まず、働き方改革を始めたきっかけから教えてください。
2017年に三カ年中期経営計画の発表があったのですが、達成の為には従来の働き方を改革する必要がありました。そこで、2017年4月に「働き方改革推進委員会」が立ち上がり、改革が本格始動しました。以前から業務効率化や残業削減の見直しはしていましたが、労働基準法対策というか法令順守が主な目的でした。そして、2018年1月には改革の一環として、また、「世の中が新しい働き方に変化しているのに、私たち供給側が旧来の働き方のままでお客様に新しいオフィスのかたちを提案できるのか?」という思いもあり、オフィス移転も実施しました。
社長のトップダウンでスタートしたのですか?
そうです。本格的にやるにはトップダウンのメッセージが必要だと思いました。「働き方改革推進委員会」も社長が委員長となって、経営企画部、総務部、人事部、広報部の担当役員、それぞれの部長で構成されました。
移転プロジェクトと働き方改革が密接に関わりあっているのですね。
社員の満足度向上も勿論ありますが、中期経営計画を達成するための取り組みのひとつとしてオフィス移転が位置づけられていますので、業務効率性が高まって利益に結びついていくはずだと信じてやっています。
新オフィスや改革のポイントを教えてください。
一番重視したのは、社員同士のコミュニケーションの活性化です。
以前のオフィスは、集約すれば2フロアで収まる位のところを7フロアにも分かれていたんです。貸主という立場上、自社ビルの空いている区画に歯抜け状態で入居するスタンスだったからです。1階にいる部署もあれば9階にいる部署もあるし、ビルも細長かったから端から端まで移動が大変、となると用事がない限り他部署に行かなくなります。でも、新事業立ち上げが課題になっている今、新しい発想を生み出すためには他部門とのコラボレーションや意見交換が不可欠になってきます。
もう一つのポイントは、いつでもどこでも働けることです。サテライトオフィスZXY(旧ちょくちょく…)や在宅勤務のみならず、本社でも自席にとらわれない働き方を目指しています。基本はグループアドレスですが集中ブース席やソファ席もあって、業務内容に応じて自分で選べる働き方がコンセプトになっています。
距離と時間が離れる分、Face to Faceも大事に
自宅やカフェでのテレワークもOKですか?
推奨しているのはサテライトオフィスと自宅ですが、セキュリティを保てる場所ならOKです。在宅勤務の理由は問いませんが、オフィスと同じパフォーマンスを発揮できる環境が前提です。例えば、育児中の人なら「赤ちゃんと一緒に働ける制度というわけではないので仕事中は預けて下さい」とお願いしています。
テレワークに制限はないんですか?
終日のテレワークは月二回までに制限しています。
というのも、業種柄、オフィスに集まって働くことも大事だと思っているからです。どこでも働けるとはいえオフィスがいらないわけではないし、技術的にWEB会議が可能であっても顔を合わせて議論する事や空気感を共有する事も大切にして貰いたい。ただ、外出中のサテライトオフィス利用や帰宅後の作業には制限を設けていませんし、月二回の制限も不要だね、となれば今後は撤廃の可能性もあります。
テレワークはトライアルを経てから正式導入したのですか?
最初は7~8部署を対象にトライアルを始めました。全員が同じ日にテレワークしてみる、など敢えて極端な設定も交えつつ試した結果、月二回が妥当かな、と。
実は、今もテレワークは試験段階の位置づけで本制度化は2019年4月の予定なんです。基本的には問題なく運用できていて、今後、制限回数が変わる可能性がある位だと思います。
テレワークが進むと新人とのコミュニケーションやモチベーションが希薄になったり低下したりする心配はありませんか?
基本的に新卒一年目は教育係の先輩の近くで仕事をするようにしていて、1人でサテライトを使うのも禁止しています。社会人としてのマナーを学ぶのも大事だし、社員の顔も分からないようなうちから自由っていうのも違うかな、と。あとは、内定段階から信頼関係が築けている採用担当者が人事面談したり悩みがないか聞くようにしたり対策はしています。ぎちぎちにルールで固めるというより、ちゃんと目を掛けてね、というメッセージを出しています。
みなさん、フレックスですか?
一部シフト制で勤務している社員もいますが、基本的に全員フレックスです。
「勤務時間は自分の裁量で上手くやってください」という制度作りをしていて、10~15時をコアタイムとして、中抜けOKの時間単位有給や半休制度を組み合わせれば、どんな時間帯でも働けるようになっています。
フレックスにしてコミュニケーションに苦労するケースも多いようですが。
フレックスが原因というよりも、社外でのテレワークだけではなく、社内にいても働く場所に自由度が増したので管理しにくい、という声がマネジメント層からはありました。同じようなケースの成功事例を共有するなりして解消しないといけませんが、解決できる問題だと思っています。
そういうデメリットを補完するための技術的なサポートも入れています。例えば、位置情報システムで社内のどこに誰がいるか社用携帯で見ることができますし、特定の人が帰ってきたら通知してくれる便利な機能もあるんです。
サテライトオフィスも「サボる人がいるのでは?」みたいな話もありますが、本社にいてもサボろうと思えばできちゃうわけで、もうキリがない。そこはデメリットよりメリットを取る方が大事だと思って進めています。
位置情報が分かるのは便利そうですが、抵抗感がある方もいたりしませんか?
「何となく嫌だ」という人も一部いましたが「理解してください」という中で運用できています。
今はそういう声に配慮して大まかな設定にしていますが、本当はもっと細かく位置表示できるので慣れたらそれも検討しています。
こんな風に若干の不満はあっても大きな混乱はないので、テレワークが進んで業務が効率化している実感はあるんだと思います。本社が新しくなった事以上に、こういう環境やデバイスを会社が整備して、どこでも会社情報にアクセスして仕事ができるようになった事の方がインパクトは大きいかもしれないですね。
制度やデバイスも移転と同じタイミングで導入したのですか?
社用携帯の全社員配備もモバイルPCに入れ替えたのもほぼ移転時です。旧本社では社内の無線環境も整っていませんでしたから。テレワークは以前からやっていましたが対象を全員に広げたのは移転のタイミングで、フレックスは2016年度から、時間単位有給は2017年4月から。移転を待たずにできることはできる時に始めました。
風土が時として改革の足かせに…
その他に導入した制度はありますか?
働くときはフルパワーで働こう、という思いから仮眠室(Power-nap制度)を導入しました。これまでのように眠くても気合でなんとかする価値観からシフトしたんですね。旧本社でも「会議室を仮眠に使っても良いです」と言って試したものの上手くいかず、専用の仮眠室がないと無理だと分かりました。
気兼ねなく仮眠してもらえるように仮眠効果の検証実験もしたんですよ。社員12名に1か月間アンケートとタイピングテストを毎日実施して、仮眠の有無で違いが出るか。JINS MEME(ジンズ ミーム)という集中度を測定できるメガネ型デバイスを着用しながらテストした所、仮眠の効果が数字で実証されてだんだん利用者も増えてきました。
仮眠に限らず「自由度が上がったらサボって効率が逆に落ちる」なんて声も一部にあって、新しい働き方を広めていくのに風土が邪魔をすることも多いと実感します。
だから、何かを導入する時には風土的な打破も考えて取り組んでいます。つい先日も行政主導のテレワーク強化月間に乗じて「テレワーク未経験者、中でも部長陣は必ず一度はテレワークするように」と広報したばかりです。
確かに、制度ができてもマインドが足かせになって上手くいかないケースは多いようです。他にも実験的なことって何かやってますか?
顔認証システムや従業員向けコンシェルジュサービスのトライアルをやりました。この本社自体が実験の場であり今が最終形態だとは思っていません。
グループアドレスの席数も、劇的な環境変化を避けるために一旦は社員と同じ数を用意しましたが実際は空席もあるので、一部で席数2割削減を試しています。あとは、夏場にクールダウン部屋といって、外出帰りで汗だくの人向けにキンキンに冷房を効かせた部屋を作ってみたり。
新しい働き方を作るために、トライ&エラーを繰り返しながら色々チャレンジしています。
最終的には本業であるビルの商品企画に生かすためだとも思っています。
これまでは何を始めるにも膨大なデータを集めて確信を得てからスタートする企業文化でしたが、これからはまず試してみてデータを検証・修正して新しい方向にいくやり方にシフトしませんか?という思いが根底にあるんです。
企業風土として「石橋を叩いて渡る」ところはあると思います。そこが会社の真面目さや信頼感にも繋がっていたりするんですが、「まずはやってみよう」という文化を根付かせたいですね。会社としての見え方を極端に崩す訳ではなく、失敗の可能性があるからやらない、という傾向は変えていきたいな、と。
不動産会社だからこそできた事、難しかった事
オフィスを取り扱う不動産会社だからこそできたこと、逆にやりにくかったことはありますか?
個人の意見にはなりますが、時間と場所を問わず働けるのは効率的だしありがたい事だとはみんな感じているはずです。ただ、丸の内という場所で不動産業を営む当社としては、一方でその価値を減じられているとも取れるわけで、どう進めるのが会社にとって良いのか?テレワークでも支障なし、と社外に積極的に発信するのが本当に良いことなのか?迷いもあります。
ただ、テレワークに向き/不向きな業務の棲み分けを理解できれば、ビルの商品企画や新たなテナントサービスにも繋がるはずです。『まず怖がらずにやってみましょう』という最中ですが、基本的には上手くいっていると思います。
働き方改革の前進度合いが分かる指標を作るよう経営からずっと言われてますが、なかなか難しいのが実情です。一時期、残業時間や会議回数の三割削減を発信した事はありますが、残業を減らすのが目的なのか?極端に残業時間を削る必要もないのでは?利益を上げる為の改革なのに早上がりだけが目的に近づく方法ではないよね?という議論もあって。
残業時間の削減効果も目に見える形では出ていませんが、絶対に効率的にはなってるとみんな思っています。空いた時間を違う業務に充てられるようになりましたし、超長時間残業の社員は減りました。
その「慮り」ムダです
おっしゃる通り、効果を数値化するのは難しいですね。
移転前後に行ったアンケートや行動調査で生産性は上がったという結果も出てはいますが、同時に大企業特有の慮りの強さや上下関係の強さが浮かび上がってきました。次のステップではそこに手を入れたいと思っています。
改革がどんなに行きついても、慮りが強すぎて生まれるムダみたいなところが働き方を邪魔してくる。「一応、紙でも用意しようかな」とか「これは失礼かも?」みたいなムダを失くしていきたいです。
チャットシステムを年明けに入れ替える予定がありますが、慮りのムダを未然に防ぐためにチャット送信の文化を推奨することも検討しています。例えば、「上長にチャットするのは失礼ではありません」と広報するなり「上長が変わらないと部下は気まずいですよ」とレクチャーするなど、会社として風土のフォローをする、と。
慮りを減らすために具体的にどんな方法がありますか?
例えば、役職名をやめて「さん」付けするとか、丁寧すぎる社内メールを減らす、などでしょうか。あとは、会議依頼を入れる前に電話するのはムダだから直接入れるルールになっているんですが、「電話しないと怒る人がいる」という声があったり、それこそ慮りで「聞いて損はないよね」という人もいるので、それムダです、と言ってあげる必要もあるのかなと感じています。
マインドチェンジという事でいくと、セミナーや研修会はやっていますか?
マインドを変えることや働き方についてなど、外部講師を招いてセミナーを開くこともあります。
そういえば、年代によってアンケート結果がくっきり分かれたんです。上の人は自分の部署に慮りがないと感じてるが、下の人はそうではない、と。これを改善するような、上の人向けのマインドチェンジのセミナーも今後やりたいです。
最後に、今後の課題をお聞かせいただけますか。
今が理想の最終形ではないものの自由な働き方ができる環境はだいたい整ったので、今後の課題は使いこなせるようになることですね。それにはマインドや風土造りがカギになってくると思います。
会社の変えるべき部分は変えつつ、これまで社員の仲が良くて関係が密だった良いところは大事にしたいですね。バランスが難しいんですが、完全に個人個人バラバラになりすぎると会社の良さまでなくなります。他人や他人の仕事に無関心になるのは良しとしてないので、バランスをどこでとるのかは今後のカギですね。
ZXY(旧ちょくちょく…)があっても「使い方がよく分からない」理由だけで使っていない人もいて…。使いたい時にサッと予約して使えるように熟知させるのも課題の一つかなと思います。
本日はありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
今回協力して下さった企業様
三菱地所株式会社
- 設立
- 1937年5月7日
- 本社所在地
- 東京都千代田区大手町1-1-1 大手町パークビル
- 事業内容
- オフィスビル・商業施設等の開発、賃貸、管理等
- 従業員数
- 806名 連結:8,856名(2018年3月31日現在)
- Webサイト
- http://www.mec.co.jp/